ジャニーズ不能がTravis Japanで治った話
人間、最初に目にしたアイドルを神様だと思う習性があると思う。
わたしにとってそれは関ジャニ∞であり渋谷すばるくんであった。
2013年7月6日THE MUSIC DAY内のコーナー企画「カヴァコラ」にて「今夜月の見える丘に」を歌う渋谷すばるくんを目撃したわたしは、翌日近所のTSUTAYAにあったアルバムをありったけレンタルし集められるだけのライブDVDを集めた。あんなに「この人たちのことを知らなければならない」という衝動に駆られたのは初めてだった。二十歳も過ぎた夏のことである。
ジャニオタとしてはかなりの遅咲きだったわたしはその後、生まれて初めて「担当」という言葉を安田章大くんに向けて使い(なんとびっくり、神様と担当は別だった)FCに入ってライブにも行くようになった。
メチャクチャ楽しかった。人生こんな楽しくていいのかと思った。DVDを何度も観て、ライブに行って、バラエティーや歌番組に出演すれば録画し、ネット上の友達も増えた。寝ても覚めても関ジャニ∞のことを考えていたし、寝ても覚めてもマジで関ジャニ∞が目の前にいた。関ジャニ∞、テレビに出過ぎじゃない?
そして5年後の2018年4月15日、わたしの青春は死んだ。
当時のことはあまり覚えてないというか、泣いていた記憶しかない。全く実感が湧かないのに涙は気が触れたのかと思うくらい出てくるのだ。人間こんなに泣けるんだなぁとひとごとみたいに思っていた。
実感が湧かないまま、GR8ESTに参戦した。今までスタンドにしか入ったことがなかったのに、こんな時ばかりアリーナだったしおまけに花道横だった。
暗転して、映像が始まって、もちろん6人分で、なんで6人なんだろうなんてバカみたいたことを思ううちに一曲目が始まる。
バンドだった。でも何の曲かわからなかった。
知らない曲はないはず。このツアーで頭に新曲なんてやるか?そう思った瞬間歌が始まった。
応答セヨだった。いつも一緒に参戦して、この日も隣にいたすばる担の友達が呟く。「キーが下がってる」。気付いたら立っていられないくらい泣いていた。
あのキーで歌える神様がいなくなってしまったからだとわかった。その時ようやく「渋谷すばるくんの関ジャニ∞脱退」を目の当たりにした。3時間アリーナで泣き続けた。
わたしはもう関ジャニ∞の前で笑えないと気づいた。
わたしが「ジャニーズ不能」になった瞬間である。
オタクとは不思議なもので、いくら「いつまでもあると思うな親と推し」「推しは推せる時に推せ」「明日は我が身」と唱えても、どうしてか自軍だけは大丈夫だと思ってしまう。
なんとも悲観的な書き方だが、関ジャニ∞を好きになったことは後悔していないし、関ジャニ∞と安田章大くんのことは変わらず好きだ。ただ、メチャクチャ入れ込んで永遠に一緒に遊べると思っていたものに終わりが来ることを知ってしまい、心がぽっきり折れてしまったのだ。いつか解散するかも、いつか脱退者が出るかも、頭の片隅からそれが消えない限り、わたしにアイドルを追いかける資格はないと思った。
ところでYouTubeの「ジャニーズJr.チャンネル」とはなんともありがたいコンテンツである。今までなかなか情報を得られなかったJr.のことをこれでもかというくらい知ることができるのだ。間口の広がり方は尋常ではない。
例に漏れずツイッターのフォロワーが続々とJr.にハマった。わたしもオススメされて観たSnow Manの人狼にまんまとやられてJr.チャンネルを観るようになり、ジャニーズ不能を治療するようにのんびり画面を眺めていた。佐久間大介くんの声がデカくて可愛い。
やっぱりジャニーズは楽しいなぁ!と思っていた矢先に転機は訪れる。Hey!Say!JUMPツアーのバックにTravis Japanがついたのだ。
続々とJr.にハマったフォロワーの中に、わたしがSnow Manを勧めたところTravis Japanから帰ってこられなくなったオタクがいた。彼女に誘われわたしは「関ジャニ∞3時間号泣GR8EST」以来初めてジャニーズのライブに参戦する運びとなった。
結論から言うとメチャクチャ楽しかった。
Hey!Say!JUMPすごい。山田涼介くんがバクモニに抜かれる度に訓練されたオタクの一糸乱れぬ悲鳴が上がる。関ジャニ∞に操立てしていたわたしはそもそも関ジャニ∞以外のジャニーズのライブに行くこと自体が初めてだったのだが、グループが違えば会場の雰囲気もライブの構成も全く違うという当たり前のことを初めて知った。
関ジャニ∞のツアーにJr.が着いてくることは、少なくともわたしが参戦していた時期にはほぼ無かったと思う。なのでTravis Japanが出突っ張りなこともTravis JapanがMCに参加させてもらえること、一曲歌えることにも驚いた。
ところで参戦席はどこに出しても恥ずかしくないド天井だった。
「双眼鏡越しに見える景色はDVD」という理屈でわたしはどこの席でも肉眼で観る派だが、それにしたってさすがに遠いなと思いながらTravis Japanのパフォーマンスを観ていた。
明らかに一人、メチャクチャ目に留まる子がいた。
わたしは前述にある通り関ジャニ∞なら安田章大くん、Snow Manなら佐久間大介くんという、わかりやすい「ダンス厨」である。とにかく踊れる子が好き。ちっちゃくて、普段はいじられポジにいたり、率先してふざけて盛り上げたりするような子がステージの上でバッキバキに踊っていると恋に落ちてしまう。
フォロワーに聞いた。宮近海斗くんだった。
それが2019年年末。
それ以来、YouTubeでTravis Japanの動画を漁る日々が始まった。
一応ライブに行くからにはと全員の顔と名前は一致させていたが、改めて1から動画を漁るとメチャクチャ楽しかった。忘れかけていた青春を取り戻した気持ちだった。
そして同時に「もう二度と傷付きたくない」という気持ちがどんどん強くなっていった。昨今のデビュー組の紆余曲折っぷりを見ていながらJr.にハマる覚悟なんてまるでなかった。
幸いYouTubeチャンネルがある。これからものんびり動画を漁りながら、ほどよい距離からTravis Japanのことを応援しよう。
そう思いながら昨晩、いつものように何気なくライブ動画を観た。Dance With Me~Lesson1~だった。再生し、3分半後には号泣しながらフォロワーにTravis Japanに課金するにはどうしたらいいのか聞いていた。
ジャニーズJr.情報局に入会したことをツイートしたところ、タイムラインがメチャクチャびっくりしていた。
わたしも自分にびっくりしたし、泣きながら電話したらフォロワーは笑っていた。「もう二度とジャニーズには帰ってこないんじゃないかと思ってた」。わたしもそう思っていたよ。
自分でも何があったか全くわからない。ただこの動画を観て、わたしは「東京ドームで宮近海斗くんのためだけの赤いペンライトを振りてぇ」と強く強く思った。
今朝、雪の降る中郵便局に行き、ジャニーズJr.情報局に年会費の振込をしてきた。
人生何があるかわからないもので、神様が突然いなくなることがあれば、なんでもない夜に突然画面の中の男の子が神様に見えたりもする。テーマパークのパフォーマンスのように楽しいライブ映像で号泣することだってあるのだ。
この先何が起こるかわからない。これまで以上につらいこともあるかもしれない。それでもわたしは今、この瞬間、宮近海斗くんとTravis Japanに幸せになってほしい。Travis Japanのためだけの東京ドームでDance With Meを浴びたい。もしかしてアイドルを追いかける理由なんてそれで充分なんじゃないかと思ったりしている。
丸山担の友人が、わたしとほぼ同時に中村海人くんに陥落した。Travis Japanと一緒に幸せになろうね!と笑っていた。
幸せになるためにアイドルを推してるわけじゃないけど、アイドルを推してる時のわたしはなんだかんだずっと幸せだったし、これからもずっと幸せなんだと思う。
とにかく今はただ、Travis Japanの次の現場の情報を待つばかりである。
赤い服を買いにいかなくてはならないので、できるだけ早めにお願いしますね。